2011年9月14日水曜日

極私的2000年代考(仮)……シューゲイズ再興の端緒 : アソビ・セクスの場合

アソビ・セクス。

そんなイロモノめいた名前を初対面のバンドに名乗られた日には、誰だって眉をひそめて苦笑いしたくなるのが大方の日本人のロック・リスナーの反応ではないだろうか。

しかし、その一見イロモノめいた名前を名乗るバンドが、US/UKのインディ事情に精通した耳の早いリスナーの間で最近にわかに注目を集めてきたことは、とりわけ本作を手にしている方にとっては周知の事実かもしれない。

2年前にアルバム『Asobi Seksu』で本格的に活動をスタートさせて以来、地元ニューヨークのバワリー・ボールルームやニッティング・ファクトリーなど名立たるクラブでライヴを行い、西海岸や北米カナダをツアーで回りながら、今年3月には昨年に続いてサウス・バイ・サウス・ウェストに出演。さらにアルバム&シングルがCMJをはじめカレッジ・ラジオでチャートインし話題を呼ぶ一方、楽曲を提供したインディーズ・フィルムが今年のサンダンス映画祭で審査員特別賞を獲得するなど、バンドを取り巻く環境は今、じわじわと熱気を帯びはじめている。
 

そして、こうした状況を決定的なものにしたのが、今年5月に本国でリリースされたセカンド・アルバム『シトラス』である。CMJチャートでトップ10入りするなど、すでに海外のメディア(“インディ界のご意見番”ことPitchforkをはじめ)では好評価を得ている本作だが、今回の邦盤化をきっかけに、今後日本での状況も大きく変わっていくのではないだろうか。
 
英訳すると――というか海外のジャーナリストの解釈によれば「Playful Sex」(陽気なセックス?)なるユニークなネーミングをもつ彼らが結成されたのは、2001年の暮れのニューヨークにて。以前からバンド活動をしていたジェイムス・ハンナ(ギター)と、彼と一緒に曲作りをする間柄だった日本人女性のユキ・チクダテ(ヴォーカル/キーボード)を中心に、グレン・ウォルドマン(ベース)、キース・ホプキン(ドラム)のメンバーでアソビ・セクスはスタートする。結成の当初はジェイムスがリード・ヴォーカルでユキはバック・ヴォーカルだったのだが、「しっくりこない」というジェイムスの意向と、他に誰もなり手がいなかったため、半ば仕方なくユキがリード・ヴォーカルを務めることになったらしい。そして2002年、デビュー・アルバム『Asobi Seksu』を自主制作でリリース。ユキによれば「自分たちのためだけに作ったもので、リリースすることなんて考えてなかった」そうだが、折からのニューヨーク・シーンの盛り上がりも相俟ってアルバムは評判となり、2004年にブルックリンのレーベル「Friendly Fire」(『シトラス』のリリース元でもある)から再発されるのを機に、アソビ・セクスの名前はインディ・ロック・ファンの間で徐々に知られるようになる。

2000年代初頭にデビューを飾ったインディ・バンドにとって、「ニューヨーク出身」という肩書きのアドバンテージは計り知れなく大きい。実際、アソビ・セクスが最初に注目されるようになった背景に、そうした流れ――つまりストロークスやヤー・ヤー・ヤーズらに代表されるニューヨークの新たなムーヴメントが追い風としてあったことは、たとえば「Friendly Fire」との契約の経緯も含めて、まぎれもない事実だろう。

しかし、アソビ・セクスのサウンドは、そうした同時期にニューヨークから登場したバンドのいずれのケースとも異なって映る。彼らが鳴らすのは、ストロークスのようなロックンロールでも、インターポールやラプチャーのようなニュー・ウェイヴ/ポスト・パンクでも、ブラック・ダイスのようなエクスペリメンタルなノイズ・ロックでもない。夢幻的なフィードバック・ノイズと甘美なメロディ、そしてエコーやリヴァーヴのかかったヴォーカルや浮遊感あふれる音響的なプロダクションが特徴的な……いわゆる90年代初頭に登場した「シューゲイザー」と呼ばれるサウンドに近い感覚のものである。当時の代表格とされるバンド、たとえばマイ・ブラッディ・ヴァレンタインやライド、ジーザス&ザ・メリー・チェインやスロウダイヴ、ラッシュなどを引き合いに出して語られることも多く、また最近では、アイスランドのアミューズメント・パークス・オン・ファイアやノルウェーのセレーナ・マニーシュ、アストロブライトやフリーティング・ジョイズ、あるいはデンマークのレヴォネッツやフランスのM83らと並んで、ここ数年クローズアップされつつある“シューゲイザーの新たな波”を象徴するバンドとして呼び声も高い。


プロデューサーに、レス・サヴィ・ファヴやカラ(デヴェンドラ・バンハートを見出した元スワンズのマイケル・ギラが発掘した)、クラウド・ルームなどニューヨークの気鋭グループを手掛けるクリス・ゼインを迎えて完成された『シトラス』。「バンドとして過ごしたこの2年間の、自然でオーガニックなプロセスが楽曲には反映されている」とユキが語るように、本作のサウンドからは、いわゆる“シューゲイザー”な魅力はもちろん、デビュー以降ライヴやツアーを重ねるなかで培われたのだろう「バンド」としての力強いアンサンブルを前作にも増して感じることができる。その背景には、本作のレコーディング直前に、脱退したグレンとキース(ツアー中にはメンバー間のトラブルから一時解散の危機もあったようだ)の代わりに新ベーシストのハジと新ドラマーのミッチ・スピヴァクを迎えてリズム隊を再編したことも、変化の大きな要因としてあげられるかもしれない。

そして耳を澄ませば、そこには単なるシューゲイザー云々にはとどまらない音楽的なポテンシャル、さまざまな音楽要素の共鳴を感じ取ることができるはずだ。それはたとえば、ジェイムスがリスペクトするスピリチュアライズドやモグワイ、ブライアン・ジョーンズタウン・マサカーやステレオラブ(もしくは初コンサートで見たポイズンやモトリー・クルー?)だったり、あるいはユキが小さい頃から聴き親しんだクリスタルズなど60Sガールズ・ポップやクラシックやジャズだったり、そうした同時代のアーティストからのインスピレーションや多様な音楽の記憶が幾重にも重なり陰影豊かに交じり合うことでアソビ・セクスの音楽世界は生まれている。彼らにとって『シトラス』とは、まさにそのような音楽との出会いや発見をすべて詰め込んだジュークボックスのようなアルバムであり、リスナーにとって喚起されるイマジネーションやエモーショナルな驚きはけっして尽きることはない。

(ちなみに、ボーナス・トラックのM⑬は、12インチで限定リリースされたパス/カルとのスプリット盤『Season's Greetings』収録曲。M⑭はダスティ・スプリングフィールドのカヴァー)


 アソビ・セクス、というバンド・ネームについてユキは、「なんとなく頭に思い浮かんだフレーズ」と前置きしたうえで、結果的に「Visceral(直感的)で、Sensual(官能的)で、Playful(陽気)」な自分たちの音楽的な特徴をとらえていると思う、と語っている。なるほど確かに、あれほどイロモノめいて感じられた名前も、そのサウンドを聴けば、これ以上に彼らの本質を饒舌に言い表したものはないように思えてくる。彼らが自ら銘打つ「ドリーム・ポップ・ワールド」という看板しかり、その言葉に偽りはない。そんなふうに彼らの存在とこの『シトラス』というアルバムが、リスナーやバンド自身の思惑さえも超えて広く愛されてくれればいいな、と思う。


(2006/10)

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